水原華城ガイド:城壁一周・行宮・夜景・カルビまで

世界遺産・水原華城を門ごとに歩く城壁ガイド。華城行宮の公演、観光列車、弓道体験、夜の楽しみ方、水原カルビ、半日・一日モデルコースまで。

発行:Haeva Korea · 2026年10月28日

赤や橙に色づいたモミジの向こうに連なる、水原・華城行宮の瓦屋根
赤や橙に色づいたモミジの向こうに連なる、水原・華城行宮の瓦屋根写真: Rtflakfizer / CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

水原華城(スウォンファソン)は、ソウルからの日帰り先として紹介されることが多い場所です。地下鉄で1時間ほど、城壁を少し歩いて、行宮をのぞいて、ソウルに戻る。それでも十分に楽しめますし、行き方の基本は日帰り旅行の記事でまとめています。ただ、水原は少しゆっくり見ると印象が大きく変わる町です。華城はひとつの建物ではなく、門、見張り台、指揮所、水門が、今も人が暮らす町をぐるりと囲んでいる城郭です。それぞれの施設には役割があり、それが分かると、城壁歩きはただの散歩から18世紀末の築城技術を読み解く時間に変わります。

この記事では、城壁を門ごとにたどりながら、町の中心にある華城行宮(ファソンヘングン)の見どころ、観光列車、弓道体験、夜の楽しみ方、秋の祭りまでをまとめました。開館時間や料金は、華城を管理する水原文化財団と水原市の公式ページで確認したものです。公式ページ同士で内容が食い違っていたものは載せず、確認先だけを示しています。

華城はなぜこの形なのか

朝鮮王朝第22代の王・正祖(チョンジョ)は、1789年に父・思悼世子(サドセジャ)の墓を水原近くの山に移し、それに合わせて役所と町を八達山(パルダルサン)のふもとに移しました。その新しい町を囲むために築かれたのが華城です。水原文化財団によると、工事は1794年1月に始まり、1796年9月に完成しました。財団は築城の理由として、父への孝心、党派争いを抑えて王の力を強める政治的なねらい、そして都の南を守る防衛拠点という三つを挙げています。

日本の城を見慣れていると、まず天守のような中心の建物がないことに気づくはずです。華城は城壁で町全体を囲むつくりで、東側は平地、西側は八達山にかかる「平山城(ピョンサンソン)」と呼ばれる形をしています。石とれんがを組み合わせた構造や、挙重機(コジュンギ)と呼ばれる起重機など、当時としては新しい技術も使われました。日本の植民地時代と朝鮮戦争で一部が壊れましたが、1975年から1979年にかけて、1801年に刊行された工事報告書『華城城役儀軌(ファソンソンヨクウィグェ)』をもとに大部分が復元されています。詳しい記録が残っていたからこそ、正確な復元ができたわけです。

水原市と財団はどちらも、城壁は一年中いつでも無料で歩けて、夜も見学できると案内しています。入場料が必要なのは、華城行宮など城内の一部の施設だけです。

城壁一周:公式の180分コース

水原市は、60分ほどの短いものから180分で一周するものまで、いくつかの城壁散策コースを紹介しています。180分コースは八達門(パルダルムン)を出発し、西将台(ソジャンデ)、華西門(ファソムン)、長安門(チャンアンムン)、訪花随柳亭(パンファスリュジョン)、蒼龍門(チャンニョンムン)、烽墩(ポンドン)、南水門(ナムスムン)を回って八達門に戻る順番です。この回り方だと、唯一の本格的な上り坂である西将台への登りを、足が元気なうちに済ませられます。その先はほとんど下りか平らな道です。

八達門(南門):1794年2月に着工し、同じ年の9月に完成しました。名前は「四方八方に通じる」という意味の言葉から取られています。正祖や後の王たちが父の墓参りの際に通った門です。北門と同じく、門の外側を半円形の壁「甕城(オンソン)」が囲み、攻め込んだ敵を狭い空間に閉じ込める仕組みになっています。今は門の両側の城壁が途切れ、その間に道路と伝統市場が広がっています。

西将台(西の指揮所):八達山の頂上に立つ指揮所で、1794年の夏から秋にかけて建てられました。「華城将台」の扁額は正祖自身の筆によるものです。財団によると、正祖は1795年2月に父の墓に参拝した後ここを訪れ、夜遅くまで兵士たちの防衛訓練を指揮したといいます。水原市は、市街を一望できる場所、日の出の名所として紹介しています。

華西門(西門)と西北空心墩:八達山を下ると西門に出ます。1795年7月から翌年1月にかけて、西海岸へ向かう道の上に建てられ、創建当時の姿をよく残しています。すぐ横に立つ西北空心墩(ソブクコンシムドン)は、下が石、上がれんがの3層の見張り台で、内部には階段と戦闘のための設備があり、近づく敵を見張り、攻撃できるつくりです。正祖は1797年にこれを見て、国内で初めての防衛施設だと満足したと財団は記しています。門を囲む甕城の内側の石壁には、工事を担った職人と責任者の名前が刻まれているので、探してみてください。

晩秋の水原華城の西門・華西門。半円形の甕城と瓦屋根の門楼、左側にはれんが造りの見張り台・西北空心墩が見える
城壁の道から見た華西門と半円形の甕城。左に立つのが西北空心墩です。八達山から下りてくると、この景色が目に入ります。写真: Jpbarrass / Public domain, via Wikimedia Commons

長安門(北門):1794年2月から9月にかけて建てられた門で、正祖が水原に入るときに通った門で、水原市は華城の正門と呼んでいます。名前には「都」と「民の安寧」の意味が込められています。ここから城壁は水原川(スウォンチョン)に向かって下っていきます。

華虹門(ファホンムン)と訪花随柳亭:正式名を北水門という華虹門は、七つの石のアーチで水原川をまたぎ、その上を城壁が通る水門です。名前は「華城」と「虹」を組み合わせたもので、1795年1月に完成しました。そのすぐ上、龍淵(ヨンヨン)という池を見下ろす高台に立つのが訪花随柳亭で、1794年10月に完成しています。見張り台、指揮所、あずまやを兼ねた建物で、名前は「花を訪ね、柳に随う亭」という意味です。財団は華城で最も美しい建物と紹介しています。池のまわりの芝生は、腰を下ろして休む人が多い場所です。

水原華城の華虹門。アーチ状の水門が並ぶ石の橋が川をまたぎ、その上に瓦屋根と緑の板戸のある楼閣が立っている
水原川の上に城壁を通す華虹門。この先の高台に訪花随柳亭が立っています。写真: Bernard Gagnon / CC0, via Wikimedia Commons

蒼龍門、東将台、烽墩:城壁の東側は平らで見通しのよい区間です。内部にれんがのらせん階段がある円形の見張り台・東北空心墩(トンブクコンシムドン)もこの区間にあります。東の指揮所である東将台(トンジャンデ)は、武芸を鍛える場所だったことから錬武台(ヨンムデ)とも呼ばれ、今は観光列車の出発地であり、弓道体験の場所でもあります。東門の蒼龍門は、北門や南門と違って甕城の片側が開いているのが特徴です。さらに南へ進むと、のろし台の烽墩があります。水原市によると、行宮から直接見えるように、あえて見通しのよい東側に置かれたそうです。

南水門(南の水門):八達門に戻る直前にある、水原川に架かるもう一つの水門です。下流の水量に備えて、華虹門の七つより多い九つのアーチがあります。城壁の中で最も新しく見える部分でもあり、水原市によると2004年から発掘調査が行われ、2012年6月に復元が完了しました。

無料で楽しめるおまけもあります。門や西将台、行宮など10か所を回るスタンプツアーは一年中実施されていて、韓国観光公社(VisitKorea)によると、観光案内所で台紙を受け取り、7か所以上集めると記念品がもらえます。また財団は、専門の文化観光解説士による案内も行っていて、対応言語に日本語と英語が含まれています。各門のそばにある案内所(10:00〜17:00)で尋ねてみてください。

華城行宮:城の中の王の宮殿

行宮(ヘングン)とは、王が都の外に出かけたときに滞在した仮の宮殿のことです。華城行宮はその中で最も規模が大きく、財団によると正祖は父の墓参りのたびに、計13回ここに滞在しました。王がいないときは華城の長官の役所として使われていました。1795年には正殿の奉寿堂(ポンスダン)で、母・恵慶宮洪氏(ヘギョングン・ホンシ)の還暦を祝う宴が開かれています。「奉寿堂」という名前には、母の長寿を願う気持ちが込められています。植民地時代に大部分が失われ、落南軒(ナンナモン)などわずかな建物だけが残りました。1996年から復元工事が始まり、水原市によると2003年に一般公開されています。

ソウルの王宮を見た後に訪れると、華城行宮はずいぶん印象が違います。規模は小さく、王の住まいであると同時に、地方の役所として機能していたことが建物の配置から伝わってきます。隣には、1801年に正祖の肖像画を祀るために建てられた華寧殿(ファリョンジョン)があり、同じチケットで入れます。

2026年10月現在の基本情報です。開館は毎日9:00〜18:00。最終入場時刻は財団の英語ページと韓国語ページで記載が異なるため、17:00より前に入るのが安心です。行宮と華寧殿の大人の観覧料は2,000ウォン、行宮・水原華城博物館・水原博物館の3か所をまとめた統合券は4,000ウォンです。毎月最終水曜日は無料になります(夜間開場は対象外)。

正門前で見られる公演

行宮の正門・新豊楼(シンプンヌ)の前では、二つの定期公演が行われています。財団の英語ページでは、どちらも無料で観覧できると案内されています。

華城観光列車(華城御車)

英語では「Hwaseong Fortress Tourist Trolley」、韓国語では「華城御車(ファソンオチャ)」と呼ばれていますが、同じものです。御車は王の乗り物という意味で、朝鮮の王の輿と、大韓帝国最後の皇帝・純宗(スンジョン)が乗った自動車をモチーフにしたデザインです。錬武台を出発し、華虹門、長安門、華西門、梅香橋(メヒャンギョ)を回って錬武台に戻ります。VisitKoreaによると一周は約20分、運行は火〜日曜の9:40〜17:00で20分おきです。音声案内の言語には日本語と英語が含まれています。

座席は1便36席です。財団のオンライン予約で翌月末まで全席を販売し、残った席が当日に錬武台の切符売り場で売られる仕組みなので、週末や秋は事前に予約しておくと安心です。2026年10月現在、大人の運賃は6,000ウォンです。財団の英語ページには、雨や雪の日は運行しないとの注意書きもあります。八達山に登る体力を残しておきたいときに、平らな東側と北側を楽に回れるのが利点ですが、西将台までは上りません。

錬武台で弓を引く

錬武台はかつて王の親衛部隊が武芸を磨いた場所で、韓国の伝統弓・国弓(ククン)を体験するにはぴったりです。弓道体験は3〜10月が9:30〜17:30、11〜2月が9:30〜17:00で、12:00〜13:00は昼休みです。2026年10月現在、10本1回で3,000ウォン。的には熊の絵が描かれていて、財団によると朝鮮時代には王だけが使えた的だったそうです。最初に弓の説明と立ち方の説明があります。観光列車と同じく雨や雪の日は中止で、切符も同じ錬武台の売り場で買えるので、続けて楽しむのがおすすめです。

夜の華城

城壁はいつでも開いているので、日が暮れてからも歩けます。ライトアップされた門や楼閣は、夜まで残る大きな理由になります。特におすすめなのは訪花随柳亭、華虹門、長安門のあたりで、池や川に明かりが映ります。西将台のある八達山の区間は坂が急なので、夜は平らな北側と東側を歩くほうが楽です。

夜の水原華城。石の城壁の上でライトアップされた訪花随柳亭と、その背後に広がる現代の水原の街明かり
夜の訪花随柳亭。龍淵の池の上に立ち、城壁の向こうには今の水原の街の明かりが広がります。写真: Jpbarrass / Public domain, via Wikimedia Commons

華城行宮も暖かい季節には夜間開場を行っています。財団と水原市によると、2026年は5月1日から11月1日までの金・土・日曜と祝日、18:00〜21:30(最終入場21:00)でした。期間は毎年春に発表され、変わることもあるので、予定を立てる前に確認してください。

季節ごとの夜のイベントも、城郭を舞台に開かれます。「水原国家遺産夜行(ヤヘン)」は2026年8月14日から16日まで、訪花随柳亭、華虹門、水原川、行宮広場、八達門を会場に開かれました。「水原華城メディアアート」は2026年9月19日から10月6日まで、18:00〜22:00に華西門へのプロジェクションマッピングや長安公園の光の展示が行われました。どちらも毎年の行事ですが、2027年の日程はこの記事の執筆時点ではまだ発表されていません。

水原華城文化祭

水原で最も大きな祭りは毎年秋に開かれ、1795年に正祖が8日間かけて水原へ向かった行幸がテーマになっています。VisitKoreaによると、祭りは60年以上続いており、その中心は王の行列を再現する「正祖大王陵行次(ヌンヘンチャ)」で、韓国最大規模の王の行列と紹介されています。訪花随柳亭周辺での夜の軍事訓練の再現や、水上公演などもあります。祭りの公式サイトによると、第63回は2026年10月4日から11日まで、行列の再現は10月4日に行われました。祭りの期間中は旧市街がかなり混み合い、行列の日は交通規制もあるので、静かに城壁を歩きたい場合は祭りの週を外した平日がおすすめです。

行宮洞の街歩きと市場

行宮のまわりの行宮洞(ヘングンドン)は、多くの人が食事をしたり休憩したりするエリアです。財団は、行宮から八達門方面へ約420メートル続く「行宮通り」を、工房と小さな飲食店が並び、壁画やアート作品が点在する通りとして紹介しています。行宮の北西、華西公園から華虹門にかけての路地は「行理団通り(ヘンニダンギル)」と呼ばれ、小さなカフェや食堂、スタジオが集まっています。VisitKoreaによると、いくつもの韓国ドラマのロケ地にもなりました。八達門のまわりでは、途切れた城壁の間を伝統市場が埋めていて、九つの市場が集まる水原南門市場は京畿道最大の市場群とVisitKoreaは紹介しています。お店の営業時間はそれぞれで、週に一度休むカフェも多いので、特定のお店ひとつを目当てに一日の予定を組まないほうが無難です。

水原カルビ

韓国の人に水原の名物を聞くと、たいてい華城と並んでカルビ(牛の骨付きあばら肉の焼き肉)の名前が挙がります。韓国政府の文化ウェブマガジンの記事によると、そのつながりは正祖の時代にさかのぼります。正祖は町を発展させるため農民に牛を与え、水原には大きな牛市場ができて、牛肉が手に入りやすい町になりました。今の味付けカルビの原型は1940年代に栄洞(ヨンドン)市場の周辺で生まれ、水原市は1985年4月にカルビを市の特産品に指定しています。同じ記事は水原カルビの特徴として、ほかの地域より大きく切ること、たれに醤油ではなく塩を使うことを挙げています。メニューには、味付けしない塩味の「生(セン)カルビ」と、たれに漬けた「ヤンニョムカルビ」の両方が並びます。城壁歩きを終えた後の夕食にちょうどいい料理です。注文や焼き方は、カルビの解説ページと韓国焼き肉の記事を参考にしてください。

アクセスと移動

水原駅には、ソウル地下鉄1号線と水仁・盆唐線(スイン・ブンダンせん)の両方が乗り入れています。最もシンプルな行き方は日帰り旅行の記事で紹介した、4番出口近くのバス停から11番、13番、13-4番の市内バスで「華城行宮」バス停へ向かう方法です。水原市の案内ページには、出発地点に合わせたほかの方法も載っています。八達門から180分コースを歩くなら、9番出口を出た「梅山市場」バス停から2-2番、36番、39番などで「八達門」バス停へ。水仁・盆唐線なら梅橋(メギョ)駅で降り、7番出口から20-1番、25番、112番などのバスでも八達門に行けます。観光列車と弓道体験の出発地・錬武台へは、水原駅のバス停から7-2番、60番、660番、700-2番で「蒼龍門・錬武台」バス停へ。バスの路線は変わることがあるので、当日にもう一度確認してください。水原駅4番出口近くの観光案内所(9:00〜18:00)では、日本語と英語での案内も受けられます。

主な見どころ早見表

スポットどんな場所か所要時間の目安メモ
八達門南門。公式180分コースの出発点15分まわりは車道と市場。門の両側で城壁が途切れている
西将台八達山の頂上に立つ西の指揮所登りを含め30分コースで一番の急坂。市街を一望できる
華西門・西北空心墩西門と3層の見張り台20分甕城の内側に刻まれた職人の名前を探してみたい
長安門北門。華城の正門とされる15分正祖が水原に入るときに通った門
華虹門・訪花随柳亭川をまたぐ水門と池の上の楼閣30〜45分水辺で休むのにちょうどいい。夜はライトアップ
錬武台(東将台)東の指揮所で、武芸の訓練場だった場所30〜60分観光列車と弓道体験の出発地。雨や雪の日は中止
華城行宮王の仮の宮殿と華寧殿1〜1.5時間有料。火〜日曜は新豊楼前で武芸公演
行宮洞と市場カフェ、工房、伝統市場1時間以上昼食や夕食に。営業時間は店ごとに異なる
水原華城の主な見どころ(所要時間は編集部の目安)出典: 水原文化財団、水原市

半日で回るなら

一日かけて回るなら

出かける前に

水原は行きやすい分、さっと見て終わりにしてしまいがちな町です。丸一日あてて、八達山から歩き始め、ライトアップされた訪花随柳亭で一日を終えると、華城が写真スポットの集まりではなく、ひとつの城郭として見えてきます。旧市街や博物館、食事どころについてもっと知りたい方には、PDFガイド「Suwon, a City Guide」で町全体を詳しく紹介しています。

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